2005年02月27日

「あのブタ!」のCM

今さらだが、スタッフサービスのCMはおもしろい。「オー人事オー人事」のやつである。
西遊記のCMが泣ける。

猪八戒:「お師匠様が…」
三蔵法師:「う…悟空」
孫悟空「お師匠様しっかり!」
三蔵法師:「沙悟浄…」
沙悟浄:「ハイ!」
三蔵法師:「あと…あのブタ!」
猪八戒:「ブ! ウワーーン。」
ナレーション:「上司に恵まれなかったらスタッフサービス フリーダイヤル オー人事オー人事」
猪八戒:「もひもひ」

三蔵法師が倒れているのを最初に発見したのは猪八戒。なのに「あのブタ!」と言われてしまう。その瞬間、「そりゃ転職を考えるのも無理はない!転職してしまえぇぇ!」とものすご〜く納得してしまう。

しかし、「あのブタ!」と言われたときの反応が「ブ!」、そしてスタッフサービスへの電話の声が「もひもひ」なのである。転職したとしても同様のことが起こるであろうことがすでに予想される。
あの「もひもひ」の声を聞くたびに、悲しい気持ちになるのであった(そんな大げさな…)。

なお、このCMはこちらで見れます。
http://www.staffservice.co.jp/adreview/index.html
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2005年02月05日

確定申告準備

青色申告書と確定申告書を作成。青色申告は2年目なので、意外と問題なくできた。弥生会計を使っているので、申告書に記入する内容が自動的に出力されるし。去年は、仕分けやら減価償却が難しかった。無料で税理士さんに相談できるのが5回あったので、分からないことを質問できてとても助かった。本を2冊読んだものの、自分が行き詰まるところは、そういう本には載っていないことばかり。ネットで検索して何とか見つかるものもあるが、直接質問できたのはありがたかった。
それにしても、今年は経費率が売り上げの約10%くらい。電気代、通信費の一部とかをちまちま経費にしているのに、全体としては少ないなぁ。
今年は、初めて医療費控除と寄付金控除もあり、これはダンナの方の確定申告書でやることにする。医療費は、差し歯つくったり、親知らずを抜いたり、皮膚科の手術があり、初めて10万円を超えた。記入に時間がかかったが、1万3000円還付の予定。やった甲斐ありかな。
私のもダンナのも還付なので、早めに行こうっと。
posted by かばここ at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月17日

阪神大震災

あの日から10年経った。直接被災したわけではないのですが。
大阪で一人暮らししていて、早朝揺れを感じた。でも寝ぼけたまま布団にもぐっていた。
電話が鳴り、実家(西宮)の母から「家はめちゃくちゃだけど、みんな生きてるから」とのこと。
テレビをつけると、大地震が起こった模様。阪神高速が横倒しになっている映像を見て、背筋が凍る。
とりあえず会社へ行く。神戸方面に住んでいる人は、当然のことながら出社してない。電話をしても全くつながらない。
神戸、芦屋、西宮、宝塚には友達がたくさんいる。付き合っていた人も神戸だった。みんなが無事かどうか気になり、仕事も手につかない。どこにももう電話はつながらない。
夜、彼から電話があった。たんすの下敷きになったものの少しの傷ですんだ、電気、ガス、水道すべて止まっていると、公衆電話から連絡をくれた(それも大行列に並んで)。しかし次の日の朝、テレビを見ていると、彼の住む地域がガス爆発の危険ありで、避難指示が出ていた。家族で小学校へ避難したらしい。一度連絡がとれても、生きているのかまた心配になる。実家とも、最初の電話以降、連絡がとれないままである。心がざわざわして止まらないまま、地震報道のテレビだけをずっと見ていた。NHK教育テレビでやっていた伝言板のようなもの(生きていたら○○へ連絡を、というやつ)を見ていると、小学校の同級生の名前もあった。
次の日くらいから深夜1、2時から早朝までなら電話が通じるようになる(電気、電話が通じている地域のみ)。毎日何人かの友人と話し、知り合いの安否を確認しあった。私のことを心配してくれた電話もいっぱいもらった。とてもありがたかった。
しかし、会社の先輩Sさんが亡くなったことも分かった。うちの実家の近くで、同じ小学校に通っていた人だが、崖くずれでその辺りの家はすべて土砂に埋もれてしまった。結婚を控えて会社を辞めていて、その前日には婚約者が長野から来ていたという。少し早く結婚していれば助かったのに、と無念であった。遺体安置所へ行くかとも言われたが、恐くて行けなかった。婚約者がそばで呆然としていたそうである。その人にかける言葉も見つからないと思った。
地震から3日くらいしてから、実家へ行った。電気は通っているので、電気ポットやお総菜を買って。大阪の梅田では普段と何も変わらないことが不思議だった。阪急で西宮北口まで行き、4 kmほど歩いた。途中の景色が恐ろしく変わっていた。家々がくずれている。いつも通っていた道路の高架が落ちている。何とも言えない光景だった。写真を撮ることもできなかった。母は逆に元気で、家の中を片付けたり、おにぎりを作って近所の人に配ったりしていた。
間一髪助かった人の話もたくさん聞いた。たまたま起きてトイレに行っていて、部屋に戻ったら、頭の位置にテレビが落ちていたとか、少し前の日に部屋の模様替えをしたおかけで助かったとか。生死を分けるものは何だろう、と思った。
交通機関、電気、ガス、水道、道路などが徐々に復活していった。彼のところは復活するのが特に遅く、ガスが通ったのは4月中旬だったと思う。だんだん落ち着いてきて、自分の知っていた町や三宮の町を見に行ったりもした。
しかし、その年に転勤で関西を離れることになった。そのために車を買ったが、駐車場を借りて神戸ナンバーにした。その後は、里帰りするたびに、新しい家、マンション、町に驚くという感じで、不思議な感じがしている。
posted by かばここ at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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